2018年9月15日土曜日

ハワイ

8月末から9月はじめまでハワイへ行った。
飛行機の中でじっとしているのが苦痛であり、ハワイの暑さが嫌で行きたくないところだ。だが伴侶の父親が開拓した教会の一つ (Parker UMC)が90周年のお祝いの行事を持つということで出席した。以下に載せた他の二っも後藤牧師が開拓した。現在は日系教会として歩んでいない。
おかげで行っていた期間、あまり暑くなくそよ風が吹いていたりした。
伴侶は高校の寄宿舎での友達との交流が楽しかったようで同窓会とかちょくちょくハワイへ行っている。
ハワイは緑に囲まれていて、田舎のほうへ行く道などは両側からジャングルのように大きく育った木々で埋まっている。山も奇怪な形にそびえて周囲を囲む感じだ。サンフランシスコの町は建物がぎっしり建っていて、木々といっても公園でもないとあまり周囲にない。あのような景観の中で育ったら、このような環境はあまり嬉しくないだろうな、などと思ったりした。
Kahalu'u United Methodist Church



Kailua United Methodist Church 

今回90周年を迎えたParker United Methodist Church礼拝堂
現在の主任牧師は韓国系、メンバーはトンガ出身者が多い。

後藤鎮平牧師の肖像画がParker UMC
礼拝堂の入り口に飾ってあった。


ソーシャルホールに飾られていた
後藤鎮平牧師の開拓伝道の道具
自転車(Bicycle)、野球(Baseball)、バイブル(Bible)
の3Bを表したバナー


Parker教会があるカネオヘへの旧道は鬱蒼
とした木々が両側から押し寄せていた









椰子の木の幹に開いた穴
















2018年5月2日水曜日

久々

溜まっていた写真から少し載せよう。



画室から見る空、天気によって変わる。


ミイコ逆さになるのがすきだ



貯水池の土手もお花畑


私が下からちっとも帰ってゆかないと階段の上で待っている。

2018年3月15日木曜日

いのち

朝、急に“いのち”ってなんだろうと思った。“いのち”は目に見えない、さわれない。神も見えない、さわれない。よく神は“息”だと言う、“風”だと言う。見えないが、さわれないが感じられる。“いのち”も感じられる。

すべて生きとし生けるもの、“いのち”が去ると“もの”になってしまう。それも確固としてそこに存在するような“もの”ではなく、刻々と変化してゆく“もの”だ。

ひとたび“いのち”が去ると今まで歩けた、話せた、いろいろなことが出来た存在が、全く動かなくなり、刻々と変化してゆく“もの”となってしまう。

今まで見えていた存在としてそこにあった“いのち”は、“もの”から離れると神の見えない世界で、あらゆる枠を超えた存在として、永遠に“いのち”としていき続けているのかな?

“いのち”とは神そのものなのではないか?すべての生命体には神がそこに、その生命体と共に居てくださっているのだ、と思った。生命体の一つ一つとはすごい“もの”なのだと、新たに、気づかされた?すごいことだな。

2018年1月28日日曜日

26日から28日まで

26日にはヘイトストリートに行ってきた。毎年行くがこのところ行っていなかった。マソニックの角にあるタイダイの店にはヘイトストリートの名前やこの地にゆかりの深いミュジッシャンの名前など入ったツーリスト向けではなく、純粋にタイダイのものを売っているので良い。店内タイダイづくし、店員も上から下までタイダイ。目の周りもいろいろの色のキラキラのものをつけていたりと面白い。




27朝焼け。ちょっと気味の悪い色だった。


昼間は久しぶりに海(太平洋)まで歩いて行った。

海のそばの遊歩道に植えられた草花たち

私の影

太平洋

28日、画室の猫ちゃんたち
よーちゃん

 ミイコ