2015年11月23日月曜日

まねび。

中学の頃?だったか学ぶとはまねびの意味だと習った。なるほどと思った。

小さな頃から描くと言うことが好きだったのか、空白の紙を探してもどの紙も何か描かれていたと祖母が話していた。画集や美術全集は繰り返し見ていた。どの画家もどの絵もみなすごく好きだった。そのうちだんだんに自分の好みが固まっていった。はじめはセザンヌの絵の構図や色合いをまねていた。セザンヌの晩年の白が残された塗り方の絵が好きだ。余韻がある。そのうちセザンヌを忘れていた。

段々に果物や風景が姿を消し裸婦に傾倒していった。裸婦は難しい。裸婦デッサンは一番の勉強になった。米国へ来た理由は裸婦デッサンがしたかったからだった。横須賀線の終点に住んでいたので周りに裸婦デッサンに通えるところはまるでなかった。東京まで行かないとならない。大抵デッサン出来るところは夜だった。米国ではアダルトスクールなどで無料で裸婦デッサンが出来ると聞き米国行きを決めた。どういう訳か絵を描くのが好きだったのに美術大学には進まず早稲田の東洋哲学科に行った。その頃考え事が好きだったようでもあり在野精神の大学である早稲田にした。美術大学を選んでいればわざわざ米国まで行って裸婦デッサンをしないでも良かったのだと思うが。

続けることは何より大事と思う。諦めずがっかりせずやっていることに集中する、だがふと歩いてきた道を振り返って何が残っているのだろうか、と思う。その細々と歩いてきた道の所々に少しは綺麗な花が咲いているのだろうか?

今や老齢となり車なら廃車寸前でなかなか制作も思うようにならない。今歩いてきた道を振り返ると何も無い荒涼としたところに思える。



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